物語と謎で宇多津案内「宇多津のおひなさん」(4)
さあ聖徳院へやって来ました。
ここで、物語を読み、謎を解き、指定された場所にいきましょう!
物語の謎を解きながら観光を同時に楽しむ体験型のまちおこしノベルゲームです。
「謎解き+町めぐり+短編小説」の3つが同時に楽しめます。
さあ、挑戦しクリアしよう!
Updated Date : 2017-03-31 15:30:31
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3. 物語を読み、謎を解こう
物語 2:「ウタカタ」著:中野 ふな
川面を乱反射する夏の陽光でまともに目を開けていられない。何もかも白っぽくみえるのは目が焼けたせいだろう。
生田樹(たつる)が高校の数学教師から釣りの穴場を教えられて早速やって来たのは、夏休みに入ってすぐの晴天の日だった。梅雨の名残りのようなぐずぐずした天気がしばらく続いていたが、その日は刷毛で塗り替えたように青空が広がっていた。
樹が倒れている少女を見つけたのは、岩場の東側に船形に広がる畳十帖ほどの小さな中州だった。
焼けた目にもその少女がまとっている着物の赤が飛び込んできた。
髪はざんばら、肌は夏だというのに血の気がなく紙のように白い。
死んでいるのか、生きているのかもわからない。
樹がとっさに取り出した携帯画面のアンテナ表示は圏外になっている。
樹は少女の頬におそるおそる触れてみるとうっすら温かく、首筋に指をあてるとリズミカルな鼓動が伝わってきた。
ホッとすると同時に誰かを呼びに行かなくてはと樹が立ち上がろうとしたとき、少女のまぶたが開いた。
「ここは?」
「大戸川の上流。きみ、なんでこんなところにいるの、何があったの?」
「・・・・・・ここに流れてきたのね」
「流れてきた?」
「そうよ」
少女は起き上がり、座ったまま髪を結わえながら答える。卵型の輪郭に黒目がちの涼やかな目。ほどよく鼻筋がとおり、口元は笑みを含んで結ばれている。
いたって落ち着いている少女に、樹は悪い冗談だと苛立ちさえ覚えた。
「さ、山を下りて警察に行こう。ここじゃ電話がつながらない」
樹がさっさと釣り道具を片付け始めるとその少女は真顔で言った。
「私はお姫様(ひいさま)の願いごとを請けた形代(かたしろ)なの」
「願いごと?」
「はい。体が丈夫でないお姫様は私に願掛けされました。健やかな幸せを。私が姫様のご病気を取ってさしあげるの」
そういって、樹の顔をまっすぐ見つめる。
樹は中学からやってきた陸上部を入部そうそう休部している。
ゴールデンウィークあけごろからそれまで何でもなかった練習がつらくなり、少し走っただけで息が上がるようになった。
顧問の勧めで病院に行くと軽い肺気胸と診断された。負担の大きい部活の練習を避け、ごく普通の生活をしていれば数ヶ月で自然に治るだろうと言われ、こうしてのん気な夏休みを過ごしているのだが、本意ではない。
陽炎が立つようなグランドを目いっぱい走りたかった。
雲の峰に届くようなジャンプがしたかった。
「私の名前は都和(とわ)。京は三条、右大臣藤原家のご息女佳世様にお仕えしていたの。春の節句の折に鴨川に流されたんだけど、どういうわけか現し身になってここへたどり着いちゃったみたい」
春の節句?流された?いったい何なんだ。
都和の言うことはまるで狂言のようだが、こんな山奥の渓流の中州に着物を着た少女が倒れていたという現実はそれ以上に信じがたいことだった。
夏の太陽の日差しは容赦なく照りつけ、樹の額からは汗がぽたぽたと流れ落ちるが都和は顔色ひとつ変えない。
「そう言われても・・・・・・とにかく山をくだって、電話が通じる場所に出て人を呼ぼう。都和さん・・・だっけ、裸足じゃ怪我するから、ほらこのサンダル履きなよ」
樹は自分のサンダルを脱いで川でざぶざぶ洗うと、屈託なく都和の足元に揃えた。
自分は自転車の近くに置いてきたスニーカーがある。
都和は珍しげにサンダルを白い足にひっかけ、嬉しそうに樹の顔をのぞきこんだ。
「あの、お名前は?」
「生田樹」
樹は都和の顔も見ずに答える。
輝く川に透明な泡がはじけている。
「ここで何をしてるの?」
「何って、釣りだよ」
「釣りって魚を?」
「他に釣るものないからね」
そう言いながら、ちぐはぐな会話に可笑しくなって樹は小さく笑った。
「私も釣りしてみたい」
大戸川の上流は川底が見えるほど透きとおったエメラルドグリーンだ。魚はその影しか見せないほどはしっこい。周りの森から、かまびすしいほどの蝉の声が聞こえるが、その姿はどこにいるのかわからない。
自分のことを「雛祭りに流された」という奇妙な少女はすっかり樹に馴染み、白い襦袢だけになると、眩いほどのしぶきの中で二人はひとしきり遊んだ。
日が中天に来た頃、暑さからくる呼吸の乱れと思っていた樹の息苦しさは、数分のうちに立っていられないほどになった。
「ちょっと、はしゃぎすぎちゃったかな」
そういうのが精一杯で、樹はよろよろと川を上がると岸の草の上にドサリと倒れこんだ。
仰向いた青い空の端に都和の笑顔が見えた。
◇
樹が目を覚ますと、そこは四角白い天井が映っていた。
「気がついたのね、ああ良かった」
覚えのある母親の声が聞こえる。
「夕方になっても電話が通じないものだから、心配になって消防の方たちと川をさかのぼったのよ。もうビックリしたわ、川の近くのクヌギの木の下で倒れてたから」
「・・・・・・都和さんは?」
「だれ?」
母親は不審そうな顔をしている。
「女の子だよ、白い着物の」
「さあ、あんたのほかにだれもいなかったけど?倒れたのが幸い木の下だったから良かったけど、そうじゃなかったらカンカン照りの太陽でカラカラになって今頃死んでるところだったわ」
翌日の検査後、樹はあっさり退院した。
肺の異常はまったく見られず、医師は肺気胸は自然治癒している、陸上練習も徐々に再開してもいいだろうと言った。
昨日、あんなに苦しかったのに。
帰宅して釣り道具の片づけをしていると、無造作にビニール袋に入ったサンダルと一緒によれた和紙のやっこ人形が出てきた。
樹さんの、健やかな幸せのために。
一瞬、泡がはじけたような気がした。
〈了〉
謎: 都和はいったい何(者)だったのでしょう?
聖徳院について
聖徳院
讃岐33観音霊場第29番札所である。日本三大薬師の1つ眼の神さんの分霊所となっている。また本尊である聖徳太子の二歳立像は日本三大太子の一つで鎌倉時代の最高の代表作といえる。
聖徳院へのアクセス
宇多津駅から徒歩で25分
34.30716601208328
133.82533729076385
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34.30716601208328,133.82533729076385,0,0,0
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物語と謎で宇多津案内「宇多津のおひなさん」(1) - OpenMatome
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